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第15話 大地

Author: 山雨 鉄平
last update Huling Na-update: 2025-05-03 00:28:03
 七海と梅ケ谷が見守る中、凛太郎は、上空から襲い来る無数の銃弾に次々と体を貫かれていく。体はひび割れ、ボロボロと崩れていく。ついに顔までが崩れ、粉々になった体から切り離された頭部が地面に落下する。

「嘘… そんな、嘘よ…」

九頭龍凛太郎の頭がスローモーションでゆっくりと地面に落ちていき、地面に到達して「パリン」と砕け散る、その一瞬前に、七海は凛太郎がニヤッと笑ったような気がした。

…真っ暗な闇の中。ここは現世《うつしよ》と同時に存在すれども交わらない霊界か、はたまた九頭龍の精神世界か。紫色の目とたてがみをした巨大な龍が、暗闇の中で凛太郎と同じ声色で話す。

「|五ツ陽《いつはる》。おるか?」

「へーーい」…

その瞬間。現実世界では、七海たちがいる現実世界では、たった今崩れて首が落ちたはずの凛太郎が、いつの間にか無傷でうずくまっている。ただ、その髪の毛は凛太郎の時の焦げ茶色でも、九頭龍の時の濃い紫色でもない。ダークブロンドというのか、アッシュゴールドと言えばいいのか、独特の風合いをした暗めの金髪である。

「ま、ここはオレの出番っスよねー」

アッシュゴールドの髪の凛太郎がつぶやく。普段の凛太郎とも、いつもの九頭龍凛太郎とも違う、垂れ目でどことなくアンニュイな表情をしている。

(フン、いつもいつも眠そうな顔しおって)

虚空から、普段の九頭龍の声が聞こえた、気がした。

「|五ツ陽《イツハル》さんですか。私も見るのは久しぶりですね」

「久しぶりですね、って言われたって…」

『五ツ陽』と呼ばれた暗い金色の髪をした凛太郎は、いつもの老人のような口調とは違うしゃべり方でレミッキに話しかけた。

「おーい、そこの外人の嬢ちゃん。早いとこ降参しなよ。俺が出てきたから、君に勝ち目はねーっスよ」

「何を馬鹿な…」

レミッキは内心、驚いていた。先ほど自分のサブマシンガンから放たれた銀の弾丸の嵐により、ボロボロに崩壊したと思ったターゲットが、髪の色を変えて何事もなかったかのように甦《よみがえ》ってきたのだから当然である。が、何とか平静を装いながらガチャッという音を立てて弾倉《マガジン》を新しいものに交換した。

「何度でも葬《ほうむ》るだけよ」

ドガガガガガガガガ

再びの轟音とともに、今度は曲げた右腕で銃身を掲げ、レミッキは銃弾を上空に発射する。その弾たちは、またも空高くから一斉に、バラバラの軌道を
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    Huling Na-update : 2025-05-05
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     炎のような光のような二体の狼のうち、吽形《うんぎょう》だった方は「グルル…」と低いうなり声を上げた。阿形《あぎょう》だったもう一体は「ウオーーーーン!!」と大きく吠えた。空気がびりびりと震える。「チィッ。ガチもんの神獣が二体か。これほどの霊力を隠して石像に化けてやがるとは… レミッキ。今日のところは見逃しといてやる。後できっちり追い込みかけるから覚えとけよ」虎柄の服の鬼はそう吐き捨てると、煙のように姿を消した。「アロン、ユマ。もういいわよ。ありがとう。せっかく久しぶりにこの世に顕現(けんげん)したんだから、お散歩する?」シスター志良堂からアロン、ユマと呼ばれた二体の狼型の神獣は、喜んでいるかのようにグルルと鳴きながら体をシスターとレミッキに擦り付けた。「た、助かった…」安心して気が抜けた七海と凛太郎の二人は、魂が抜けたようにぺたん、とその場にへたり込んだ。「なんだか、今日一日で寿命が5年は削られた気がするわ…ちょっと、凛太郎君。そろそろ起きなさいよ。帰りのバスに間に合わなくなるわよ」「それが… ただでさえ長い距離を歩いたうえに、九ちゃんがあんな無茶な戦い方するもんですから、体が限界で… あのー、七海さんにおんぶしてもらうわけにはいかないですよね…?」「アンタねぇ、人をなんだと思って…」「心配いりませんよ。駅まで車でお送りします」シスター志良堂が助け船を出す。「いいんですか?どうもすみません」「いえいえ。将来ウチの娘がお世話になるかも知れませんから。ね、レミッキ♡」「し、知らないわよ!」レミッキは真っ赤になって腕組みし、そっぽを向いた。「お望みでしたら、東京までアロンとユマの背中に乗せてお送りすることもできますけど?」「「いえ、遠慮します」」凛太郎と七海は、シンクロして掌《てのひら》を顔の前で振った。「あ、いっけなーい、忘れてた。車、車検に出してたんだった」今度も凛太郎と七海の二人は、完璧に揃ったタイミングで顔を見合わせ、同時に冷や汗を流した。♦ ♦ ♦「ぎゃあああひぃ~~~~~!!!」凛太郎と七海は二人、電信柱から電信柱へとものすごいスピードで飛びながら、奥秩父から東京に向かうアロン(阿形《あぎょう》の石像だったオスの神獣である)の背中で、振り落とされないように必死に抱き合っていた。(ケッ、大袈裟な。見せつける

    Huling Na-update : 2025-05-05
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    Huling Na-update : 2025-03-14
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    「――私ね。多分、癌なんだ。乳がん」七海の口から予想外の答えを聞いて、凛太郎の脳みそは一瞬、活動を停止した。 入社早々、営業部の先輩である若生から、新入社員の歓迎会の時に「彼女、有名人やで」と阿賀川七海のことを知らされたが、その瞬間は凛太郎25年の人生で初めての”一目ぼれ”であった。阿賀川七海は確かに美人である。しかしそれ以上の『何か』を凛太郎は強く感じ、強力な引力に吸い寄せられるかのように惹かれていった。 だが同時に、あまりにも相手が高嶺の花過ぎるとも感じていた。かたや会社のアイドルでチーフデザイナー。仕事は抜群にできて人望も篤い。それと比べて自分は…営業成績は常に最下位争いばかり。不思議と社長を含むまわりの人に愛されているから社員を続けているだけで、普通ならいつクビにされてもおかしくないはずだ。人としての格差がありすぎるという理由で、凛太郎は七海に対して、自分の思いをうち開けることはしなかった。どれだけ苦しくても、このまま社内に大勢いる「阿賀川七海ファン」のうちの一人のままでいいと思っていた。 ところが今回、突然の七海の退社の噂を聞いて、七海と会えなくなるのは絶対に嫌だという思いが、この遠慮の気持ちを打ち破った。もし彼女が本当に会社を辞めるのなら、自分の思いを伝えよう。本来、なぜ営業マンを続けられているのかわからないほど奥手である凛太郎にとって、この決断をするだけでも実に膨大なエネルギーを使ったのである(少なくとも本人はそう感じていた)。 だが今、凛太郎は心底後悔していた。自分の惚れた腫れたという感情だけでしかモノを考えていなかった己れの浅はかさが、心底憎かった。決して体力に自信がある方ではないが、健康体である凛太郎にとって「癌」という言葉は新鮮ですらあった。それほど凛太郎の自分史において馴染みのない言葉であった。自分が思いを寄せている相手は、まったく予想外のものと、おそらくは大いなる深刻さをもって戦っていたのである。「……」凛太郎はなかなか言葉を発することができない。「ごめんね。リアクションに困っちゃうよね。…胸に…しこりがあってさ。今度、きちんと検査するんだけど、ほぼ間違いないでしょうっ、だって」「…そう…ですか…」「…乳頭にね。少しでも癌細胞があると、全摘出なんだって。全部取っちゃわなきゃいけないの。」「…」「私、しこりの場所が

    Huling Na-update : 2025-03-14
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    「いただきます」七海はたしかに、自分が龍に食べられる『ガブリ』という音を聞いた気がした。「いやーーっ!!!」七海は恐怖で目をつぶって叫び声を上げた。――私は、この感覚を知っている気がする。 自分の体が飲み込まれる。普通に考えれば、死ぬ。 だけど、この感覚は何だろうか。 私の人生は終わるのか。 これから始まるのは第二の人生か、それとも新しい神話だろうか――「…あれ?」おそるおそる目を開ける。どうやら自分は食い殺されてはいないようだ。「なんじゃ、大げさじゃの」おそるおそる目を開けて前を見ると、たった今自分にかぶりついたはずの龍は、凛太郎の姿に戻っている。ただ相変わらず口元からは牙が突き出ており、眼は緑色だ。「安心せい。おぬしの肉体を傷つけてはおらん」七海が周りを見ると、レストラン「カルメン」の客たちが、先ほどの七海の叫び声を聞いて一斉にこちらを見ている。七海は恥ずかしさで顔を赤らめる。「どうかなさいましたか?」七海の叫び声を聞きつけて、ポニーテールの女子店員が心配して声をかけてきた。アルバイトの子だろうか、女子高生くらいの年齢に見える。「いえ、何でもないです…すみません!」七海はさらに真っ赤になって冷や汗をかく。「なにするの!どういうつもりよ!」「なかなかうまかったぞ。これでもう、おぬしの体は心配いらん。」「はあ…?」「触ってみい」「どこをよ?」「何を言うか。|乳《ちち》に決まっておろうが」「乳って…!」「いいから、触ってみよ」凛太郎が真剣な眼差しを向ける。七海はおそるおそる、右の乳頭近く、しこりがあった場所を触る。「あれ…消えてる?」「言うたじゃろ。心配いらんと」♦ 数日後、新宿総合病院。七海は緊張しながら、自分の担当医である|乘本洋幸《のりもと ひろゆき》と対面している。「不思議ですね…全く異常ありません」「…!」「ちょっと、触診失礼します。…やはり消えていますね。おかしいなあ…。前回触診したときは確かにしこりがあったのに。 念のため、1週間後、もう一度検査してみましょうか」「…はい…分かりました」病院からの帰り道、新宿の繁華街の屋外大画面には、国会中継が映し出されていた。与党人気の原動力ともいえる美人女性議員が、朗々と答弁をしているところだった。♦ ところ変わって、株式会社ギャラク

    Huling Na-update : 2025-04-16
  • 告白してきた職場の後輩が、クズではなく『クズ様』だったので困っています。   第4話 病室の子

    新宿総合病院。七海が検査を受けた病院である。七海と、九頭龍の人格のままの凛太郎の二人は、ある入院患者の部屋にやって来た。表札には、「阿賀川 光」とある。『見せた方が早いから』と、七海は九頭龍凛太郎に対し説明をせずに病院に連れてきた。「…お姉ちゃん!」読んでいた本から顔を上げて精いっぱい元気そうな声を絞り出したのは、小学校3,4年生くらいの少年だった。入院生活が長いのだろう。痩せているうえに髪の色も淡く、|儚《はかな》げな雰囲気が漂っている。よほど本が好きと見えて、大人が読むような分厚い難しそうな本が何冊も病室のベッドの周囲に積みあがっている。好きなミュージシャンなのだろう、病室に貼ってある女性歌手のポスターと、図書館にしかないような専門書の束とのコントラストが奇妙な感覚を与える。よく見ると、ベッド横に設置された大きな箱型の装置から2メートルほどの管が出ていて、少年の体につながっている。一体、何の装置だろうか。「|光《ひかる》、また勉強してたのね。今日は会社の友達を連れてきたの。 …紹介するね。この子が弟の光。光、こちら会社の同僚の葛原さんよ。挨拶できる?」「こんにちは、阿賀川光です」光はニッコリと人懐こい笑顔で微笑む。「おう、葛原凛太郎じゃ。よろしくの」「葛原さんは、七海姉ちゃんの彼氏なの…?」「ち、チガウワヨ」「ま、そういうことにしとこうかの」七海と凛太郎の返答はほぼ同時だった。「よかった!… お姉ちゃん、働き過ぎでなかなか彼氏ができなかったんだよ。こんなに綺麗なのに」「こーら、あんまり大人をからかうんじゃないの」「からかってなんかないよ。僕のことなんか気にしないで、姉ちゃんは自分のために生きて欲しいって、何回も言ってるじゃないか」「光、その話はもう終わりって約束したでしょ。わたしの幸せはあなたが元気になることなの。お金は心配しなくて大丈夫。心臓のドナーもきっと見つかるわよ」七海は優しく諭すように言い聞かせるが、かなり感情が|昂《たかぶ》っているのがアリアリとわかる。心の底から、弟の幸せを願っているのだ。「…なるほどの」横で見ていた九頭龍凛太郎は一人で呟いた。少年の体と管でつながる大きな装置は、人工心臓の駆動装置らしい。と、突然、誰かの携帯のバイブ音が鳴りはじめた。 ヴーッ、ヴーッ…七海が携帯を取り出し、画面の表示を確認す

    Huling Na-update : 2025-04-18
  • 告白してきた職場の後輩が、クズではなく『クズ様』だったので困っています。   第5話 斬新

    「とりあえず、しばらくぬしの部屋に厄介になるぞ」「…え?」 七海が九頭龍凛太郎から、思いもよらない宣告を受けた数日後。すでに今日のギャラクティカでのwebデザイン業務は終えて、自分のマンションに帰ってきている。「はぁ…気が重い」七海はため息をつきながら、パジャマ姿にタオルを首にかけ、いま上がった風呂からリビングに戻る。すると…「だから、それやめてって言ってるでしょーが!心臓に悪い!!」リビングには、九つの首で一斉に別々の本を読む凛太郎の姿があった。「頭が九つあるから九頭龍というのじゃ。何の不思議もなかろう。|学《がく》が9倍早く進む」「そんなの、葛原君の家でやってよ!」「おぬし、副業について詳しいのじゃろう?いろいろ商売に関する蔵書があると踏んだが、そのとおりで助かったわい。凛太郎はこの手の本にはとんと縁がないからの」九つの凛太郎の頭のうち、一つが、読んでいる本から視線を外すことなく答える。株の本を読んでいる頭もあれば、プログラミングについての本を読んでいる頭もある(一つの頭だけ、眼鏡をかけている)。パソコンで何かのサイトを読みこんでいる頭もある。「…とりあえず、儂とぬしの軍資金をつくらねばな」♦ 九頭龍凛太郎が|居候《いそうろう》のかたちで七海の部屋に(一方的に)転がり込んできた数週間後。七海はお金を引き出そうと、ギャラクティカからの帰りに銀行のATMに立ち寄った。(そろそろ今月分の入院費の準備しなきゃ… あ、そうだ。光がまた欲しい本があるって言ってたっけ。…あれ…? えっ。えーっ?)七海は自分

    Huling Na-update : 2025-05-02
  • 告白してきた職場の後輩が、クズではなく『クズ様』だったので困っています。   第6話 光の外出

     都内の議員会館。与党・自由公正党所属の参議院議員の江島めぐみと、その公設秘書の|梅ケ谷《うめがたに》|慧《さとし》が会話を続けている。「《《彼》》が目覚めたようです。」「彼って…まさか…」「はい。そのまさかです。我が国の切り札です」「ようやくね。待たせてくれちゃって…。こちらから出向くべきかしらね」「…そうですね。選挙戦が落ち着いたら、電話でもかけてみましょう」「連絡先は分かるの?」「もちろんです。《《ケンゾク》》に調べてもらいますから」「それ、ホント便利よねー。うらやましいわぁ…」「これはこれで、マネジメントが大変なんですよ」「またまたぁ。苦労なんてしてないクセに」「ともかく、都知事選が終わるまでは選挙に集中しないと、何があるか分かりません。そのあとにきちんと《《彼》》にはコンタクトを取りますから、それまで気を抜かないでください」「はいはい、かしこまりましたよ、|長《おさ》」「その呼び方はやめてくださいと、何度言ったら分かるんです」「冗談だってば、そんなに怒らないでよ」 政権与党である自公党と、現在の内閣の支持率がおおむね好調なのは、この江島議員の人気によるところが非常に大きい。江島議員は父親がイギリス人のハーフである。ハーフ特有のすらりとした長身と美貌ゆえに「政界一の美女」「政界のアイドル」など、様々な二つ名を持つ彼女は、決して容姿だけが取り柄なのではない。テレビ・ネット番組に引っ張りだこであるが、出演時には、舌鋒鋭く不正義を糾弾し、時には身内の自公党も歯に衣着せないで批判する。国会での質問や答弁も非常に切れ味がよく、聞く人皆をうならせる。いまや名実ともに政治家としては人気No.1と言ってよい。最近は、外国資本による国内の土地・水資源・企業の買収問題を激しく追及している。 そんな江島めぐみは、現役の参議院議員であるが、今回満を持して東京都知事選に立候補した。自公党としても党を挙げて全面バックアップ体制を敷いている。もともと、現職都知事の|尾池《おいけ》|百合絵《ゆりえ》が自公党の公認で出馬、当選を果たしたのだが、尾池は当選後にアッサリと離党。人気が出たのをいいことに自身の政党まで作って造反した。はらわたを煮やした自公党は、東京における同党の基盤を再び盤石にすべく、今回の都知事選に江島めぐみを送り出すことにしたのだ。ちなみに現職

    Huling Na-update : 2025-05-02

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    「志良堂《しらどう》レミッキ。日本での歌手としての活動名は、レミですね」「うぎゃー‼」当然一人で茂みに隠れているものと思い込んでいた突然横から梅ケ谷慧に声を掛けられ、思わず叫び声を上げてしまった。よく見ると、梅ケ谷は両手に木の枝の模型を持っている。茂みの一部に紛れているつもりらしい。(擬態…? この人こんなキャラだったのかしら)「Lemmikki(レミッキ、またはレンミッキ)という名前からおそらくフィンランド生まれ。戸籍上は、キリスト教系の孤児院、ちちぶ子ども未来園の園長・志良堂|美洸《みひろ》の養子ということになっています。高校卒業後、18歳で上京。ネットを中心に歌手活動を開始、今に至るわけですが、まさか裏社会で『死神』と呼ばれるスナイパーの正体が彼女だったとは…」「あ、あの~ 梅ケ谷さん、どうしてここに?秘書業務は大丈夫なので…?」「ご心配なく。今日の分の仕事はとっくに終わらせてありますので。あの龍は放っておくと何をしでかすか分かりませんから、心配で付いてきました」「はあ…」「そんなことより、始まりますよ。九頭龍の久しぶりの戦いが」「…」そう言う梅ケ谷の表情から読み取れたわけでも、声の調子からそう感じられたわけでもない。だが、七海には何となく感じるところがあった。(なんだか嬉しそうね、梅ケ谷さん)♦さて、七海と梅ケ谷の視線の先で。「…もう、遠慮なくいくわよ」レミッキはスナイパーライフルを構え直した。「おう、レミとか言うたの。いざ尋常に…」パァン!九頭龍凛太郎が言い終わる前に、レミッキは銃弾を放つ。が、それはトカゲのような鱗で覆われ鋭い爪のある形へと一瞬のうちに変貌した、凛太郎の手によって難なくキャッチされてしまった。江島めぐみ狙撃(二撃目)の時と全く同じである。「まーったく、せっかく武士道をわきまえた女子《おなご》じゃと思うとったのに。南蛮にも騎士道精神というのがあるんじゃろが…」言いながら、九頭龍は掴《つか》んだ銃弾をポイッと投げ捨てた。「儂には銃なんぞ効かんぞ。諦《あきら》めて降参せい」「やっぱり、そうよね… こちらも時間があったからね。対策させてもらったわ」ちょうど弾を撃ち終わったレミッキは、ジャキンという音を立てて弾倉《マガジン》を交換すると、ガチャリとハンドルを引いてから再び戻した。パァン!レミッ

  • 告白してきた職場の後輩が、クズではなく『クズ様』だったので困っています。   第13話 奥秩父

     『ちちぶ子ども未来園』は、埼玉県の秩父地方の山間部にあるキリスト教系の孤児院である。シスターの|志良堂美洸《しらどうみひろ》が、たくさんの子供たちと食卓を囲んで、食前のお祈りをしている。「おお、神よ。私たちをいつも見守り、導いて下さることに感謝します。この食事が神のための善を行う力となりますように。アーメン…」|美洸《みひろ》シスターは祈りの言葉を言い終わると、少し間をおいて「パンッ!」と乾いた音を立てて勢いよく合掌をした。「はーい、堅いお祈りは終わり。今日は裏の山でとれたイノシシの焼肉と猪汁《ししじる》よ。みんな、たくさん食べてねー♡」「やったー!!」年齢も性別も違う孤児たちが、一斉に猛烈な勢いで目の前に盛られた食事に飛びつく。キリスト教系の施設には“|清貧《せいひん》”といって、必要以上に贅沢を望まない考え方がある。だがこの『ちちぶ子ども未来園』は、「他の家庭を|羨《うらや》むことがないように」という美洸シスターの思いで、毎回栄養のバランスを考えつつ最大限豪華に、というのが食事の基本方針となっていた。「焦らなくても、お代わりは沢山ありますからねー。それはそうと…美洸シスターは、ふと窓の外に目をやる。「今日はもしかしたら、嬉しい再会があるかも知れない予感がするのよねー♡」♦ ♦ ♦ 光の入院している新宿総合病院を出た九頭龍凛太郎と七海の二人は、13時過ぎに新宿駅発のバスに乗り、2時間以上揺られて秩父にやってきた。見渡す限り山、山、山で、緑が目に|沁《し》みる。普段吸い慣れている新宿の空気とは別物のように美味しい空気だが、それを有難いと感じる体力の余裕が、七海には無くなってきていた。|顎《あご》が上がり、額には大粒の汗がにじんでいる。「ハァー… まったく、どんだけ歩くのよ。降りたところ、ホントに最寄りのバス停?」「いっつもパソコンと睨めっこばかりしておるから体が弱るんじゃ。昔の日本人なら新宿からここまで|徒歩《かち》で来ておるわい」一方の凛太郎は汗一つかいていない。今日は朝から九頭龍の人格だからなのだろうが…「あなた、そのペースだと明日凛太郎君に戻った時に筋肉痛で泣くわよ」「フン、知ったことか」そうこうしているうちに、やっと秩父の奥地にある目的の施設の建物が見えてきた。質素な門には、長年雨風に|晒《さら》されたであろう「ちちぶ子ども

  • 告白してきた職場の後輩が、クズではなく『クズ様』だったので困っています。   第12話 訪問

     某日13時、東京都庁。白いコートに身を包んだ人物が、警護役であろう屈強そうな職員のエスコートを受けて、都庁最深部の知事執務室に通される。フードを|目深《まぶか》に被った顔は、依然としてよく見えない。「時間ピッタリですね… 都庁へようこそ。直接お会いするのは初めてですね」猛追する江島めぐみ候補を振り切り二期目への当選を果たした|尾池百合絵《おいけゆりえ》都知事が、執務室最奥のデスクから形ばかりの歓迎の挨拶をする。「死神さん、とお呼びすればいいのかしら?」書類仕事をつづけながら、目も来訪者の方を向けようとしない。「…」白コートの来訪者は無言のままである。尾池は続ける。「《《先生》》から成功率100%の腕前だって聞いていたから、安心してお任せしたのですけど。私の聞き間違いだったのかしら」「…」「新宿駅の演説の後でも、いくらでも仕留めるチャンスはあったはずでしょ?あの女が世界の調和にとって邪魔になることは分かっているはず… 組織票で勝てたからよかったものの、とっても肝が冷えましたわ」「…」「だんまりですか。あまりおしゃべりはお好きでないようね。いいわ。どうせ約束は成功報酬のはずです。お支払いするお金はありませんので。お引き取り下さい」『死神』と呼ばれた白コートの人物は、ついに一言も発しないまま執務室を後にした。成功報酬だという話は、今日初めて聞いた。♦ ♦ ♦同じ日の正午。「…と、いうわけで、今回は心臓の病気と闘う、同じ孤児院の後輩・|光《ひかる》君との、2回目の動画でした~。またね!…はい、カット!ありがと、光君!」新宿総合病院の|阿賀川光《あかがわひかる》の病室で、18歳くらいの白人の女の子が美しい金髪をなびかせながら、自分で構えたスマホカメラに向かって手を振る。ネットで人気上昇中の歌い手・レミが、光への2回目の見舞いに訪れていたのだ。病室で動画撮影とは怪しからん、との声もあろうが、担当医の|乗本《のりもと》が理解があり、「拡張型心筋症と闘う子どもたちの情報拡散になりますし、光君の気晴らしにもなるでしょうから」とのことで、短時間の動画撮影はOKが出ている。それにしても、光とレミは随分と仲良く話すようになった。恐るべきは光の人たらしの力である。「こっちこそありがとう。えへへ、なんか夢みたいだなー。もし心臓が治らなくても、思い残すこと

  • 告白してきた職場の後輩が、クズではなく『クズ様』だったので困っています。   第11話 初めての買い物

     ギャラクティカ本社での凛太郎たちと梅ケ谷の商談からまもなく、各種新聞やネットは、「与党、国家公認の電子決済アプリをスタート」のニュースで持ち切りとなった。「政府による電子決済、是か非か」といった類の討論番組が地上波でもネット番組でも盛んに組まれ、そのほぼすべてに与党公認の旗振り役として江島めぐみが出演した。彼女は東京都知事選には結局僅差で現職の尾池百合絵に敗れ、参議院議員の肩書まで失ってしまったが、落胆するそぶりどころか選挙疲れの色もまったく見せることはなかった。江島めぐみが番組内でのカリスマ性あふれるプレゼンをぶちかます度に、番組のパネラー、観客、視聴者たちは、心を奪われていった。「政界のアイドル」の面目躍如である。見る人が見れば、画面に映るめぐみの背後に、天女のごときオーラを感じたことだろう。「沈みゆく日本経済が、昇り龍のように復活していくようにとの願いをこめて、“りゅーペイ”と名付けました。 仕組みは先行する電子決済サービスであるPpay(ピーペイ)と同じです。法的には『前払い式支払い手段』と呼ばれるもので、日本円でチャージして1円を1ポイントとして使えます… これを毎月、アプリをダウンロードしてくださった国民全員に10万ポイント、つまり10万円分給付いたします。ベーシックインカムのようなものだと思ってください。 …ただし、過度なインフレを防ぐ意味でもこの10万ポイントは有効期限が設けてあり、3か月で失効します。3か月で30万円を使い切ってください…」 ――以下が、その後の新聞や各ネットニュースの見出しの一例である。『政府の公式電子決済 “りゅーペイ” 、全国で流通開始か』『野党は「経済の混乱招く」と反対を継続か』『アプリDL者全員に10万円給付、謎の財源と増税の恐れ』……♦ ♦ ♦ 凛太郎が居候している七海のマンション。リビングでは九頭龍凛太郎がテレビを見るともなしに眺めながらくつろいでいる。凛太郎は、ギャラクティカでの業務終了後、気が付くと九頭龍にチェンジしていることが多い。会社の仕事中は基本的に凛太郎の人格だが、凛太郎が見聞きした内容は九頭龍にも共有されるシステムになっているようだ。逆に九頭龍の|人格《龍格?》が出てきているときはどうかと言うと、最初は凛太郎本人いわく「眠っている感覚」で、その間のことは覚えていなかったそうだ。最

  • 告白してきた職場の後輩が、クズではなく『クズ様』だったので困っています。   第10話 商談

    「その少年は、私どもが責任をもって病院までエスコートいたします。我々のお車へどうぞ。完全防弾仕様です」一行は選挙カーではなく公用車に乗り変えた。梅ケ谷が運転し、助手席には江島めぐみ。後部座席には七海、凛太郎と、凛太郎の右手が胸部に刺さったままの光が乗っている。「改めまして、隣におります江島めぐみの公設秘書をしております梅ケ谷と申します。この度はお礼と、それからお詫びのしようもありません」「そんなに畏まるな。儂とおぬしの仲ではないか」九頭龍凛太郎が言うが、その右手は光の胸につき刺さったまま、光の心臓を直接つかんで絶えずマッサージしている。「ちょっと、知り合いだったの?」七海が慌て尋ねる。「腐れ縁というやつでな。そちらの江島センセとやらとは、はじめましてじゃの」「はい、その… なんとお礼をしたらいいか」助手席にいるめぐみが、わざわざ後部座席の凛太郎たちの方を向いて、ペコリと頭を下げる。「おい、光。聞いたか?お礼に何でも一つ望みをかなえてくれるそうじゃ」「ホント…?」「そこまでは言ってないでしょーが…」七海がツッコむ。「それじゃあ、命を助けた儂へのお礼で一つ、流れ弾を食らって死にかけたこの|童《わっぱ》への詫びでもう一つ、願いをきいてもらおうかの」「我々にできることなら、何なりと」(この様子だと、この阿賀川七海という女性は、《《九頭龍》》と知り合いのようだ)運転をしながら梅ケ谷が答える。「光、何がいい?やっぱり本かしら」七海が問いかける。「うーん、そうだなぁ… レミに会ってサインが欲しい」

  • 告白してきた職場の後輩が、クズではなく『クズ様』だったので困っています。   第9話 サービスしすぎ

    パシイィイン!頭を低くしていた江島めぐみの横に突然瞬間移動のように現れた|優男《やさおとこ》は、空中で横向きになったまま、乾いた音を立ててライフルの弾丸を素手でキャッチした。素手と言ってもその手は人間のものではない。全体の形状こそ人間の手に近いが、爬虫類のような硬い|鱗《うろこ》に覆われ、先端には猛禽類のように大きく鋭い爪が付いている。(龍の手…?)江島めぐみは今目の前に突如現れた優男の、特徴的な右手を見て思った。「ひとつ貸しじゃなあ!|女子《おなご》先生よ」優男もとい凛太郎は、見た目と相反する老人のような口調で言うと、弾丸の勢いを殺そうとするかのように回転しながら一瞬めぐみの方を向いた。よく見ると瞳も爬虫類のように、縦長の瞳に緑色の虹彩をしており、口元からは牙がのぞいている。「さて、返品じゃ」優男は、銃弾を受け止めた勢いで腕が後方に持っていかれた反動を利用して、腕と体をグルンと回転させると、そのまますさまじい速度でその銃弾を、撃ったスナイパーの方向へ投げ返した(野球の内野手守備の、異次元レベルの動きだと思っていただきたい)。人間の力では決して不可能な速度で投げ返された銃弾は、ビシッ!という鈍い音をたてて、スナイパーのいる数百メートル離れた屋上の壁にめり込み、大きなヒビを入れた。「ありゃ、外したかの」九頭龍となった凛太郎は|掌《てのひら》を目の上にかざして言った。一方、ビルの上のスナイパーは思わずヘタンと尻もちをついてしまった。(ターゲットBか… 化け物め‼)スナイパーはできうる限りの早さでライフルをケースにしまうと、屋上から逃げていった。と、その光景をまた上空から大ガラスが見ている。

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